無益ちゃんと有益ちゃん
重要ではなく、急ぎでもないこと。
私たちが生きているのって、多くは不要不急の世界だ。
新しい生活様式が創造されつつある今、本当に必要な事を知ってる人間なんていないだろう。私たちは意味のない事を重ねて進化している。この無駄で無益なモノが意外にもより高度な文明を築く。合理的で必要な事ばかりでは創造的でない。
ある記事で、いい匂いのするハンドクリームは今要らないかもしれない。そういう別に無くても良いものだけど、支えられていた面がある。というような事が書かれた記事が心に残っている。
確かに、化粧も別にしなくてもいいかもしれない。ネイルも必要ない。絵画も要らない。服も隠れていればいい。数々の嗜好品も。そう特に無益なモノ、些細なモノ、無駄なモノとして私からそぎ落としていくとシンプルと言えど、空しい気持ちになる。
現代はそうあふれるばかりの無益なモノに囲まれて暮らしている。行動が制限される今、そのハンドクリームを得られる機会は減る。得られない事を空しく嘆くのではなく、当たり前のように癒し、支えてくれていた無益ちゃんを嬉しく思おう。ファンレターを綴るように愛をもって。
無益は意識的に選択したものがいつの間にか当たり前に無益になり、
有益は無意識の世界に気づき喜べることで、有益になる。
無益ちゃんばんざい。
「今の私たちの不要不急の世界に必要なものとは?」